やさしい貧困ライン入門

相対的貧困と絶対的貧困:二つの視点から貧困を捉える意義

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貧困という言葉は、私たちの社会でさまざまな文脈で用いられます。しかし、その実態を正確に把握し、効果的な対策を講じるためには、貧困がどのように定義され、計測されるのかを理解することが不可欠です。特に、貧困を捉える上で重要な二つの概念、すなわち「絶対的貧困」と「相対的貧困」は、それぞれ異なる視点を提供し、その違いを理解することが貧困問題への深い洞察に繋がります。

このコラムでは、絶対的貧困と相対的貧困の定義、計測方法、そしてなぜ二つの基準が必要なのかについて詳しく解説いたします。

絶対的貧困とは何か:生命の維持に必要な最低限の水準

絶対的貧困とは、人間が生命を維持し、最低限の生活を送るために必要な衣食住や医療、教育といった基本的なニーズを満たすことができない状態を指します。これは、その社会の経済状況や文化的な水準に関わらず、普遍的な「最低限」のラインを基準とする考え方です。

計測方法と国際的な基準

絶対的貧困の計測には、世界共通の「国際貧困ライン」が用いられることが一般的です。世界銀行は、この国際貧困ラインを定期的に見直しており、最新の2022年版では、1日あたり2.15ドル(購買力平価換算)未満で生活する人々を極度の貧困状態にあると定義しています。この基準は、主に開発途上国における貧困の状況を把握するために活用されています。

世界銀行のデータによると、極度の貧困状態にある人々の割合は、過去数十年で大きく減少してきました。例えば、1990年には世界の人口の約36%が極度の貧困状態にありましたが、2019年には約8.5%まで減少しました。しかし、依然として数億人がこのライン以下で生活しており、特にサブサハラ・アフリカ地域でその多くが集中している状況です。

相対的貧困とは何か:社会の平均との比較

一方、相対的貧困とは、その社会や国の平均的な生活水準と比較して、著しく低い所得で生活している状態を指します。絶対的貧困が「生きるために最低限必要なものがあるか」を問うのに対し、相対的貧困は「その社会で普通の生活を送るために必要なものがあるか」を問います。

計測方法と日本の実態

相対的貧困の基準となるのは、「貧困線(Poverty Line)」です。これは、その国の所得分布において、中央値(所得を低い方から並べたときにちょうど真ん中にくる値)の半分を下回る所得水準として定義されます。この貧困線以下の所得で暮らす人々の割合が「相対的貧困率」として示されます。

日本では、厚生労働省の「国民生活基礎調査」によって相対的貧困率が公表されています。例えば、2022年のデータでは、相対的貧困率は15.4%と報告されており、これは国民の約6人に1人が相対的貧困状態にあることを意味します。また、子どもの貧困率は11.5%であり、これは約9人に1人の子どもが相対的貧困下にあることを示しています。日本の貧困線は、調査年によって変動しますが、2021年では等価可処分所得127万円未満と設定されていました。

相対的貧困は、衣食住に困窮する状態だけでなく、教育機会の不足、文化的・社会的な活動への参加が困難になるなど、社会からの孤立や機会の不平等を引き起こす可能性があります。

なぜ二つの基準が必要なのか:多角的な理解のために

絶対的貧困と相対的貧困は、それぞれ異なる側面から貧困を浮き彫りにします。なぜ、二つの基準が共存し、どちらも重要なのでしょうか。

  1. 異なる開発段階の国々への適用: 絶対的貧困は、開発途上国における基本的な生存権の保障という喫緊の課題を明確にする上で不可欠です。一方で、先進国では多くの人々が基本的な生存要件を満たしているため、相対的貧困の概念が、社会内の不平等や格差の問題を捉える上でより有効となります。

  2. 貧困の多面性の理解: 貧困は、単に所得が低いというだけではありません。絶対的貧困は食料や水、住居といった物質的な欠乏を直接示唆しますが、相対的貧困は、教育、健康、社会参加といった、その社会で「当たり前」とされる生活水準からの剥奪を示します。例えば、スマートフォンが社会インフラとなっている現代において、それを所有できないことは、情報格差を生み出し、社会からの排除につながる可能性があります。

  3. 政策立案への影響: 二つの異なる貧困ラインを理解することは、より包括的で効果的な貧困対策を立案するために重要です。絶対的貧困の削減には、食料支援、医療サービスの提供、安全な水の確保といった直接的な支援が求められます。一方、相対的貧困の対策には、所得再分配政策、教育機会の均等化、就労支援の強化、社会保障制度の拡充など、社会構造的な問題へのアプローチが不可欠です。

まとめ:二つの視点が示す包括的な貧困対策の必要性

絶対的貧困と相対的貧困は、貧困という複雑な現象を理解するための二つの強力なツールです。絶対的貧困が生存の危機を明確にする一方で、相対的貧困は社会内での排除や機会の不平等を浮き彫りにします。

これらの概念を深く理解することは、貧困問題に関心を持つすべての人々、特に貧困削減に取り組むNPO職員の方々にとって、現状を正確に認識し、より的確な情報発信や効果的な支援活動を展開するための基盤となります。一つの尺度だけでは見えてこない貧困の多面性を捉えることで、私たちはより包括的で持続可能な貧困対策を追求できるでしょう。